さしもしらじな

アイドル系のデトックス諸々

浅倉樹々とロックとつばきファクトリーと

 

正直、浅倉さんが “ロック” と口に出すたびに違和感はあった。

 

まあ、半ば言いがかりのようなものなのだけれど、その “ロック” がどういうものを指すのかというところが非常に曖昧、と思っていたから。シンプルに “ロック” と言っても幅が広過ぎる…これは “ロック” という言葉が持つ包容力の大きさ、みたいなものにも起因するかもしれない。色々な人が口々に “ロック” という言葉を使うけれど、それが同じ方向を見ていることは一向にないじゃないか、みたいな。その上で、ロックバンドの人が言うならともかく、アイドルがいうのは果たして “正しい” のか、みたいなことを毎回思うのである。

 

ただ、浅倉さんの卒業発表の文章を見た時、「ああ、これはロックだなぁ」と思った。

 

これは事実だ。そして、こう言う事実が立ち現れたとなると、もしかすると浅倉さんの体現する “ロック” が理解できるかもしれない、そう考え出すと、意外とスルスルと解読できてしまった…気になっている。いや、何を突如弱気になってるの?と思われるかもしれないけれど、純正浅倉ファンではないので、そこまで言い切るわけにはいかないって感じで捉えてもらいたい。

 

結論からえば、“ロック” というのは、“自分を貫くこと” 。これが大前提なんだと思う。勿論、音楽的なアレコレはあるのだろうけど、その場合は “自分” のところに “自分の音楽” と加えてもらってもいいし、“自分の信条” でもいいし、僕の好きな言葉を入れるなら “プリンシプル” というのでも良いわけだ。とにかく、“自分を貫くこと” 。これが “ロック” の一つ目の定義。

とはいえ、これはビックリするくらいアイドルと相性が悪い。まぁ、最近は自己プロデュースするアイドルも少なくないから “自分を貫くこと” もそんなに難しくないのかもしれないのだけれど、基本的にアイドル…特にハロープロジェクトのアイドルは事務所や つんく♂さんからプロデュースを受けているわけで、“自分を貫くこと” 自体はそんなに簡単なことではないのだ。そしてそれは、浅倉樹々にしても例外ではない。

そもそも、浅倉さんは(公式でそう言われていなくても)センター格と称されるくらいアイドル力が高いメンバーなのだ。つまり、“自分を貫く” パフォーマンスをする限り、ずっと “アイドルである自分” との間に齟齬が発生し続けることになる。

 

だが、どうだろう?

それは “ロック” の言葉通り、“壊し続けること” に他ならないのではないかと。

 

浅倉さんのパフォーマンスを初めて見たとき…それはつばきファクトリー初の武道館公演で、例に漏れず “ロックの聖地” という言葉を使っていたのだけれど、僕がそこで見た浅倉樹々は間違いなくトップアイドルとして燦然と輝く浅倉樹々だった。不思議な話だけれど、浅倉さんが “ロック” を強調すればするほど “アイドル力” はマシマシになっていく…この不思議な現象はなんなのだろうと、この時から考えていたのだ。そして今ならこう言える。

 

浅倉樹々は “ロック” という言葉を使うたびに、貫き通す自分を奮起することで、プロデュースされる自分や自らの外見から来るアイドル性をぶち壊しつつ、その軋轢をそのままアイドルとしての魅力として増幅させていたのだ、と。

 

そして、その自分を貫いた先に自身の卒業が見えたのだろう、と。そもそもの卒業理由も浅倉さんらしいペット愛に溢れるものでデビュー当時から変わらない貫いてきた一徹さが垣間見える。

ただその一方でグループで活動していくなかで変わっていったこともある。ほんとに少しずつではあるのだけれど、“アイドル” としての、ひいては “つばきファクトリーの一員” として自分を受け入れてて来たのだ。僕が知ってるコロナ禍以降の浅倉さんだけでも、リトルキャメリアン “よつば” の4人が入る直前くらいに岸本さんが「樹々ちゃんが甘えるようになった」ことに言及していたり、【ソロフェス2】でアイドルっぽいパフォーマンスを意識した「愛・愛・傘」を披露したり、【PARADE】で今まで避けていたアイドルっぽい髪型をやってみたり、少しずつだけど変わり続けてきたのだ。そして、この一徹さと変化の臨界点が来年の春だったというわけだ。

考えてみれば、卒業の瞬間ってのは一番 “ロック” な瞬間かもしれない。“自分を貫く意志” でもって、“アイドルとしての自分” をぶち壊すその瞬間…そう考えるともうワクワクしかない。

 

その瞬間は、つばきファクトリーにとってまた一つの転換点になると思う。活動休止期間があったとはいえ、浅倉さんのいないつばきファクトリーというのは考え難いというファンはかなり多い。でも、そんな “つばきファクトリー” 像をぶち壊すロックな浅倉樹々というのがなんとも魅力的だ。むしろ、一番美しいかもしれない。

個人的には、つばきファクトリーっていうグループ自体がそもそも既存のハロプロ像をぶち壊すためのグループだと思っているので、その中心に浅倉さんがいることは必然だったのかなぁとも思う。ということは、浅倉さんに代わる “ロック” なメンバーを集めなければと思うのだけれど、同時に見つからないだろうなぁとも思う。浅倉さんのバランス感覚は稀有すぎる。

だからこそ、面白そうでもある。僕にとって “面白い” というのは大事だ。“面白い” はバランスの崩れたときにやってくる。それこそ、“ロック” な瞬間に…と考えるとやはり、つばきファクトリーの今後にはワクワクしかないな。